クラブの沿革

ハットクラブ発足まで

1993年ごろ、大阪府からNZハット市が姉妹都市を探している話が箕面市に持ち込まれ、1993年7月、市民から募集した大学生中心の 「青少年国際交流ツアー」がハット市に派遣された。
その後、双方の行政レベルの交流や市民交流が進み、両市には共通点が多いことやハット市側の強い熱意が評価され、1995年7月16日、 「国際協力都市提携書」が、ハット市で締結調印される運びとなった。この式典には、箕面市長他26名の市民文化団が参加し、 日本の伝統文化の数々をハット市民に披露した。

この調印式に参加した市民文化団のメンバーが中心となり、翌年ハットクラブが誕生した。

1996年8月1日 ハットクラブ 発足

箕面市ハット市友好クラブ(ハットクラブ)は英語名 Minoh-Hutt Friendship Club (MHFC)と称し、 両市市民の主体的交流と相互理解を深めることを目的に、さまざまな事業を行うことを、会則に定めた。

会長 小枝正幸

1999年5月8日 箕面友好ハウス ハット市に完成

現地での交流拠点として、歴史的建造物 Norbury House を改修し、「Hutt Minoh Friendship House」 (箕面友好ハウス)が完成した。この改修資金には、"日本万国博覧会協会""旧住友銀行""箕面ライオンズクラブ"の大口協賛や市民の寄付を得て、 総額の四分の三を箕面市側が拠出した。

現在まで

2001年4月、高野宏樹会長に交代。この頃には、会員の関心の中心は日本文化の紹介より異文化理解となり、 2002年4月に「英会話サロン」(当初は「英会話の集い」)がスタートした。2004年11月に、18名の市民訪問団をハット市に派遣した。 2005年4月、佐藤敞会長に交代。会員58名(2010年6月30日現在)。

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